【雑記】東京都北区十条という町

雑記

東京には十条という町がある。

埼京線というおよそ利便性の点においては、中央線と並ぶほど(と私は考える)の鉄道の沿線にあるその町は、路線図からも人々の記憶からも、そこだけすっぽ抜けてしまったのか?と疑ってしまうほど存在感のない町といっても過言ではない。

学生時代、筆者はその町に住んでいた。高校を卒業して約10年間。第2の故郷、アナ〇ースカイ。

「どこに住んでるの?」

の問いに

「十条だよ」

と答えても、地方出身者はまず知らない。

「埼京線で赤羽と板橋の間だよ」

と言って初めて“大体どの辺”か、ふんわり理解してもらえるような場所だった。

約10年ぶりに十条へ

先日、浦和で開催されたスポーツ歯科医学会に参加した。

全2日の日程を終えた後、帰りの新幹線までに時間が空いたので久しぶりに行ってみるかと思い立ち、京浜東北線に乗り東十条へと向かった。

十条は京浜東北線に「東十条駅」、埼京線に「十条駅」を持ち、意外なほどに交通の便がいい。

埼京線は池袋、新宿、渋谷を通り、りんかい線直通ともなればお台場まで1本で行ける。まさに埼玉と東京の遊び場を結ぶ、遊び盛りの埼玉県民には心強い路線だろう。

一方、京浜東北線は上野や東京など新幹線が乗り入れる駅に停車するため、私のような地方出身者には非常にありがたい路線である。ディズニーランドに行くのにも乗り換え1回で済んでしまう。

東十条で降りた私は急な坂を上り中十条へと向かう。坂の途中にあった、『大して美味しくないのに急に食べたくなってしまうラーメン屋』は、元からそこになかったかのように別な店へと姿を変えていた。

坂を上り切り中十条の入り口に立った私の目にまず飛び込んできたのは、密集した住宅の屋根から不自然に伸びた巨大なタワーマンションの一部だった。

十条駅前が再開発されたと聞いていたが、まさかそんなところから噂のタワマンの一部が拝めるとは思ってもみなかったので思わず

「おお…」

と小さな声が漏れてしまった。

私の住んでいたマンションは十条中央商店街(通称演芸場通り商店街)の入り口にほど近く、通りに面したところにちゃんとあった。

そのまま商店街を十条駅方面に進んでいく。

すぐに気付いたのが、東南アジア系の店が目に見えて増えたということ。

パキスタン料理やハラル料理などの看板がそこかしこに見られる。

ただ、人そのものは私が住んでいた頃から多く見かけていた。そのせいか、町の変化としても特別な違和感は覚えなかった。私の中で今の十条の日常としてすんなりと受け入れることが出来た。

通勤時間にはほぼ開かずの踏切と化す線路を越えていよいよ十条駅前に入る。

十条駅前のロータリー

駅前に入ると駅前再開発最大の目玉、高層タワーマンションが堂々たる姿を見せてくれた。寝違えた首で見上げるのはなかなかつらい。

地上39階建て。十条駅から徒歩1分。

1階2階は商業施設になっており、クイーンズ伊勢丹の文字が目立っている。

パッと見た限りでは他にバーガーキングや松屋があった。

妻とまだ結婚する前、2人で通ったミスタードーナツは、残念ながらなくなっていた。

公衆トイレは新しいが、こちらも残念ことにあまり綺麗には使われていないようだった。

古い十条の駅と、昔ながらの商店街に挟まれた見慣れぬ最新のタワーマンションという異質さがなんだか面白く、

(山形にある、田んぼの中のマンションみたいだな)

と、ふと思った。

十条銀座商店街

マンションの向かいには東京都北区内で最大規模を誇る商店街、十条銀座商店街が口を開けている。全長375メートルの商店街はいつもたくさんの人で賑わっている。私が住んでいた時も、久しぶりに訪れたこの日もそうだ。

この商店街が十条を十条たらしめていると言ってもいいだろう。十条と言えば十条銀座商店街なのだ。

そして、その商店街はほとんど変わっていなかった。

―――いや、正確に言えば、変わっていないわけではない。

無くなった店もあれば新しくできた店もある。

町としての変化は間違いなく存在している。

だが、空気というか雰囲気というか、この場所にとって何か「大事なもの」を町の人たちがしっかり残しているように思う。

お世話になった青果店や鮮魚店、とても安いことで有名な生活雑貨店は元気に営業していた。癖の強い店主と天然氷で有名な甘味処はどうやら閉店してしまったようだった。

新しく出来たであろう店は、比較的若い人をターゲットにしたものが多いように感じた。

お洒落な雰囲気の飲食店などがそうだ。

町を見て思ったのだが、若い人が増えたように感じた。特に若いカップルや子連れだ。

お洒落なお店もこういった若年層に向けたものなのかもしれない。

私は単純にこの変化を「とても良い」と思う。

最新版の十条商店街は、昭和と令和が「あら、あなたなんだか良いですね」と、お互いの良いところを受け入れながら調和している場所だった。

商店街を抜けて環七沿いへ

十条銀座を出て環七沿いに向かう。

環七沿いには、学生から大学病院勤務の頃まで、よく通ったカレー屋があった。

店主であるお母さんと仲良くなり、よく話をした。

「占いとかそういうのじゃないんだけどね、私は何となく人のことが分かるの。あなたはね、良い歯医者になるわよ。」

と、言ってくれたのはこの人だ。

この言葉は今でも時々思い出し、心の支えにもなっている。

残念なことに、思い出のカレー屋は再開発に飲み込まれてしまっていた。

出来る限り、店とお母さんのことを覚えていたいと思う。

再開発エリアに戻るときに改めて「空きテナント」が目立つな、と感じた。

環七沿いの1階。店舗が入らないわけがない場所がぽっかりと空いている。

人口の増えている北区でもこのような事があるのだな、と素直に驚いた。

商店街に行けば何でも揃うのでこれも仕方ないのだろう。

途中、

~「燃え広がらないまち」を実現~

という看板を見た。確かに、この町において、これほど大事な事はないな、と思ってニヤリとしてしまった。

そのまま私は中十条方面へと戻る。

外で焼き鳥の準備をしている店を横目に見ながら、

(来てよかったな)

と私は思った。

十条中央商店街を抜け、京浜東北線東十条駅へとのびる坂を降る。

脇の建物が工事中で、1人しか通れないほど歩道が狭い。

道の先で、ようやく歩道が広くなる。

その広くなったところに、東南アジア系の青年が静かに立っていた。

私が先に通れるよう、彼は待ってくれていた。

私が「どうも」と頭を下げると、彼もまたペコリとしてくれた。

そんな彼を見て、なんとなく、

(この町は多分、大丈夫だろうな)

と思った。

高齢者も若者も、日本人も外国人も、十条の町の一部として溶けて混ざり合っていく。

次に来るのは、また10年後だろうか。

ホームから見える景色を撮り、私は大宮に向かう電車に1人乗り込んだ。

京浜東北線東十条駅ホームから見える景色

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